この記事を読んでいただく前に、私が考える「2つの大原則」を掲げておきます。
1つは「ジャンルの進化にレビューは必須」なこと。
もう1つは「他人の口に戸を立てては“ならぬ”」こと。
※後者は諺の意とちょっと異なりますが「他人の発言を封じてはならない」という意味でとっていただければと。
WebサービスとSNSの普及で個人でも情報を容易に発信できるようになりました。ジャンルの進化にとっては大変好ましい状況といえます。数多く発信されている情報には「レビュー」の機能を果たしているもの以外に「ニュース」の役割を果たすものや「主張」と呼べるものもあります。レビューと主張が混同しているケースが多々あります。また、主張的文章では、注意しないと「憶測」から「誹謗中傷」と変質してしまうこともママあります。
適切な内容のレビューによって製品の品質は向上していきます。ならば、適切なレビューとは何でしょうか。ニュースとレビューと主張の違いは何でしょうか。教科書的な定義はいろいろありますが、ここでは、商業PC雑誌で30年間ほど製品レビューに携わってきた個人的経験から得た知見を元に述べてみたいと思います。
ある製品に関する情報には主に「リリース」「ニュース」「レビュー」「主張」があります。
リリースは作り手売り手が発信する情報です。製品の訴求ポイントや価格、発売時期などが含まれます。作り手売り手にとって都合にいい情報を発信します。
ニュースは、リリース(もしくは発表会)を受けて媒体(ここには商業マスコミ以外にブロガーなどの個人も含まれる)が情報を取捨選択し、取材して得た情報(得てしてそういう情報は作り手売り手にとって不都合な情報)を追加するなど「加工」して発信します。ニュースではリリースや発表会など作り手売り手が発信する情報が主体となります。また、速報性を重視するので取材で得られる情報はそれほど多くありません。
レビューは、製品を実際に使って知り得た事実を情報として発信します。PCなら処理能力やキーボードを打鍵する力、ボディ表面の発熱分布、特定処理を実施した場合のバッテリー駆動時間、実装チップの型番などなど、リリースや発表会では言及せず、スペック表には記載していない項目について客観的データを測定調査して、その情報を発信します。
主張は、リリースやニュース、レビューと性質が異なります。先の3つに関する情報は「客観的事実」に関する情報ですが、主張は「主観的な感想や意見」を述べる文書です。「望ましい」「好ましくない」「うれしい」「がっかり」といった主観的な表現が入った文章は全て主張です。レビューではありません。
よくある誤解が「主観的表現は評価だからレビューで使っても可」という意見です。しかし、レビューにおける評価は「テストした結果の値が上から何番目」「本体の重さは同じサイズのディスプレイを搭載したノートPCの中では一番重い」といった客観的指標だけを根拠にします。「キーボードが使いやすいのはうれしい」「ゲームの動作が重いのでがっかり」という自分基準の評価はレビューではなく(感想文レベルの)主張です。
製品そのものの情報を知りたい場合、客観的情報の提供に徹したレビューは全ての人において参考になるでしょう。また、その価値観や考え方に賛同している情報発信者の主張も読み手個人に限るならば有用な情報です。
レビューにしても主張にしても、調べても知ることができない「そのときの作者の気持ち」を根拠に論じるのは「憶測」に過ぎません。「そのとき作り手は手を抜いていたから責任を取らなければならない」と糾弾しても「いえ手を抜いていません」と返されたらそこまでです。それ以上遣り合っても責任の所在を明らかにすることはできません(そもそも、どのように行動して責任を取ればみんなの気が済むのかな?)。
レビューの内容を読み手に納得してもらうためにも、主張を通して作り手売り手(とその支持者)と対峙するためにも、知りえる客観的事実だけを根拠に論ずることが不可欠です。
※この文章はずっと以前に用意していたものでしたが、掲載直前に自分が作り手売り手になってしまったため公開を控えていました。ただ、昨今のボードウォーゲームにおけるSNSの状況を鑑みてあえて今、公開しました。
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